前回は長編を紹介したので今回は短編を。
横溝正史先生の金田一耕助は長編以外にも短編も多く執筆されています。短編のほうが事件を未然に防いでいるので殺人防御率が高いと言われている。短編作品で有名なのは複数回映像化されている「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」「殺人鬼」でしょうか。
またミステリー小説、短編集ということで長編のような難解なトリックを連想してしまいがちですが、短編集は登場人物の心情や内面、動機やシチュエーションの突飛さが強めなので、それらを期待すると肩透かしを感じるかもしれません。ただ犯人はわりと最後までわからない短編が多いので、犯人は誰だろうかと考えながら読んでみてもよいかもしれません。
映像化されている短編作品
殺人鬼
黒猫亭事件
車井戸はなぜ軋る
黒蘭姫
人面瘡
女怪
鴉
幽霊座
湖泥
首
蝋美人
華やかな野獣
貸しボート十三号
悪魔の降誕祭
香水心中
霧の山荘
百日紅の下にて
蝙蝠と蛞蝓
女の決闘
映像化されてない短編作品
○○の女シリーズ
堕ちたる天女
生ける死仮面
花園の悪魔
睡れる花嫁
蜃気楼島の情熱
暗闇の中の猫
廃園の鬼
雌蛭
トランプ台上の首
猫館
蝙蝠男
火の十字架
鏡ヶ浦の殺人
毒の矢


今回は金田一耕助ファイル11「首」に収録されている4つの短編集を紹介します。犯人のネタバレ満載なので自分で知りたい方は回れ右でお願いします。


この中ならどの話が一番好きなの?




インパクトが強くて忘れられない意味で「生ける死仮面」かな
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生ける死仮面


死体損壊(死●)とデスマスク、男色家の怪奇通俗事件と思いきや、中身はわりとわかりやすいもの。グロ要素も多めなので苦手な人は注意。犯人の行動や言動も異常性行為を見せかけたものなので、からくりの目的が分かると「なるほど」となる。金田一探偵の短編集はわりと「こういう」展開が多め。トリックはいわゆる「顔のない死体」「死体入れ替え」ですね。
「ズック」「ボロ」「アプレ」など当時使われていた言葉も見られるのでそれらを調べるのも面白いと思います。




ズックは「太い綿糸を平織にした厚手の綿布」のことを差すそうだよ。アプレは戦争後の混乱でモラルや価値観が崩壊して「戦前では考えられないような無道徳な行動をする若者」の事を差すみたい。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
緒方辰男 | 事件の被害者。家出少年でバイ。美少年。 |
古川小六 | デスマスクつき腐乱死体と寝ていた男色家の彫刻家。「死体●辱」の罪で現行犯逮捕 |
古川光子 | 小六の妻。自由奔放の美女。 |
緒方欣五郎 | 重兵衛の養子で戸籍上は辰男の父親 |
緒方やす子 | 欣五郎の妻 |
緒方重兵衛 | 大地主ですでに亡くなっている |
本橋加代 | 重兵衛の愛人で辰男の生母 |
川北医師 | 川北医院の医者。訳ありな患者も診る |
※「生ける死仮面」の犯人のネタバレ
緒方辰男を殺したのは古川小六(と光子)。ただし辰男は性転換手術を受けて性器を切除したため、男から女に変貌していった。辰男は古川夫婦両方と関係を持っていた。殺してバラバラにして土に埋めていた辰男の死体をわざわざ掘り起こして、欣五郎に罪をかぶせるために光子がばらまき、人々に発見させた。
犯行現場は古川家のボロボロになったアトリエ。最初に出てきたデスマスクは辰男のものだが、古川と一緒にいた腐乱死体は辰男ではなく浮浪児。
※「生ける死仮面」の犯行の動機
緒方家の財産目当て。辰男は欣五郎の子供となっているが本当は重兵衛と加代との子供で、遺言状では遺産相続者だが、彼が死ねばその莫大な遺産は重兵衛の養子・欣五郎夫婦に行く(辰男が成人するまでは欣五郎夫婦が後見人)。しかし欣五郎夫婦が辰男殺しの容疑者として捕まってしまうと、その遺産は緒方の分家の娘・光子にわたる。光子は離縁したと言っても戸籍上では古川小六の妻である。古川はそれを狙った。
古川は綿密に計画された財産目当ての殺人を情熱的変質的な殺人に仕立て上げて、警察の捜査をかく乱しようとした。だからって腐乱死体と一緒に寝るとかやべえな
花園の悪魔


ヌードモデルが花畑で犠牲になっているのは幽霊男に似ています。「アベック」というなつかしい言葉が出てくるのもさすが。当時話題になった「メッカ事件」「メッカ・ボーイ」の名前も出てきます。トリックは「男女入れかえ」「実行犯と工作犯が別にいる」当たりではないでしょうか。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
南条アケミ | 事件の被害者でヌードモデル |
安川ナオミ | アケミの同僚のヌードモデル。 |
山崎欣之助 | ヌードモデルたちが夢中の慶大生で美青年。 |
鈴木良雄 | ヌードモデルが所属する東亜美術倶楽部の支配人。 |
お千代 | 花乃屋旅館の女中 |
新造 | 花乃屋旅館の庭師。死体発見者 |
※「花園の悪魔」の犯人のネタバレ
山崎欣之助・南条アケミを実際に殺害したのはナオミだが、その後アケミの死体を犯した細工をしたのは鈴木良雄。アケミを殺害する一週間前に欣之助はナオミに殺されている。
鈴木はナオミに惚れているので犯人が男だと思われるように死体を犯したり花壇に持って行ってポーズをとらせて放置したりと捜査をかく乱させた。見抜かれたと思った鈴木は金田一を殺そうとするが失敗。
※「花園の悪魔」の犯行の動機
女の嫉妬と情事のもつれ。ナオミは山崎欣之助の事が好きで彼を誘いピクニックデートをしたが、些細なことから口論になってしまい。突発的に彼を殺害。しかし周囲の証言からすぐに自分が犯人だとわかってしまうため、欣之助の死体を山に埋めて隠し、衣類を奪って欣之助に成りすまし時間を稼ごうと目論む。
この際邪魔なアケミも殺害してしまおうと考え、欣之助の名前を使って旅館の離れにアケミを呼び出し彼女を殺害。欣之助に罪をかぶせることにする。鈴木はナオミの行動を不審に思い、後をつけたらアケミの死亡現場に遭遇。ナオミを庇うため工作を行った。
蝋美人


事件捜査の一環としておこなれる死体復顔術を中心にした短編です。オルゴールの中に証拠が入ってる系は「薔薇と鬱金香」でも使用されていますね。トリックよりも妖艶な女に振り回された男たちの末路、とみるべきでしょう。
「白蝋の死美人」としてドラマ化しています。ドラマのほうでは佐藤の存在を丸々カットしたり事件を増やしたり畔柳と加寿子の子供がマリだったりと独自設定が入っていますが、おおよその流れは原作をなぞっています。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
畔柳貞三郎 | 天才法医学者。復顔実験の実行者で事件の第二の被害者。 |
瓜生朝二 | 畔柳教授の助手で若手彫刻家 |
立花マリ | スキャンダラスな女優で信造の妻。現在行方不明 |
伊沢加寿子 | 伊沢家当主にして伊沢女子学園の校長 |
伊沢信造 | 伊沢家長男で小説家。事件の被害者 |
伊沢徹郎 | 伊沢家次男 |
伊沢早苗 | 伊沢家長女 |
雄島隆介 | 早苗の婚約者 |
佐藤亀吉 | 白骨死体の発見者。 |
※「蝋美人」の犯人のネタバレ
信造を殺害したのは瓜生朝二だが彼にとどめを刺したのはマリ。信造はマリと瓜生の不倫を疑っており逢引の合図として使用しているオルゴールを鳴らして瓜生を呼び出す。不倫が決定的だと知り信造は瓜生を殺そうとするがもみ合っているうちに瓜生の左小指を嚙みきったが、刃物が信造に刺さってしまう。信造は最後の力を振り絞って瓜生の左小指の先をオルゴールの中に隠す。畔柳博士も殺したのはマリ。
最終的にマリは瓜生のアトリエに身を寄せていたがそれも見つかってしまう。瓜生は抵抗するマリを殺害し自らも拳銃自殺する。
※「蝋美人」の犯行の動機
不倫を問い詰めた末のもつれと正当防衛。信造は瓜生の指をオルゴールの中に隠す。帰ってきたマリは死にかけの信造と彼が手にしたオルゴールをみて信造の行為に気づき、誰がさしたのかわからないように彼にとどめをさしてオルゴールを持ち去った。マリと瓜生は伊沢家の軽井沢別荘に隠れるが、その際畔柳と知りあう。
マリの復顔・蝋人形は畔柳と瓜生が結託して腐乱死体からマリを作成した(最初からマリにするつもりだった)。畔柳博士は娘を失ったことで発狂しているうえ、自分を選ばなかった加寿子へと世間への復讐も兼ねて実行した。自殺した腐乱死体は身元不明で利用されただけ。
佐藤も出所後の生活を保障すると畔柳に言われて協力し警察に嘘の供述をしている。見つけた死体がマリというのは嘘だが、死体凌辱は本当にやっていた。なおこの直後に佐藤は発狂する。
首
滝の途中に突き出た獄門岩にちょこんと載せられた生首。まさに三百年前の事件を真似たかのような凄惨な村人殺害の真相を探る金田一耕助に挑戦するように、また岩の上に生首が……。
「首」より
被害者は村にロケに訪れた映画監督だった! 名推理に照らし出される意外な真実、そして二つの事件の関係とは?
「獄門岩の首」としてドラマ化しています。いわゆる「岡山」モノのひとつで、舞台は岡山の某所です。金田一探偵で見かける「人道的良心」「職業的良心」もでてきます。トリックもストーリーも短中編ものとしてはかなり良くできていると思います。何度も読みなおしてトリックを理解しました。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
里村恭三 | 映画監督。色好みで有名。事件の犠牲者 |
内山進治郎 | 男優 |
香川千代 | 新人女優 |
土井新 | 助監督 |
服部千吉 | カメラマン |
達夫 | 道子の旦那で婿養子。1年前の被害者。 |
道子 | 熊の湯の女将で1年前に亡くなっている |
啓一 | 道子の子供で熊の湯の跡継ぎで幼児 |
幾代 | 熊の湯の女将代理 |
鎌田十右衛門 | 三百年前の地方の名主。「クニシン様」と呼ばれている |
※「首」の犯人のネタバレ
里村を殺害したのは土井です。里村は香川を口説くために内山と服部を眠らせて熊の湯に戻ってきましたが、そこで土井に殺されます。死体の首を切り落とした理由は犯行現場を錯覚させるためです。成人男性を運ぶのは苦労しますが、首だけなら別です(コナンでもありましたね)。
以前の事件で達夫を殺したのは道子ですがこれは偶然の産物でした。元々達夫が道子を殺すために刈り場から隠れて熊の湯にやってきて、彼女ともみ合っていたのですがナイフが達夫の心臓に刺さってしまった。その後のアリバイ工作をしたのは幾代ですが道子は耐えられず遺書をしたためて自殺してしまいます。
※「首」の犯行の動機
恋人を失った男の復讐にして恋愛葛藤。土井は自分の恋人を無理やり襲って妊娠させたうえに堕胎薬を飲ませて死に追いやった里村を許せませんでした。下見で熊の湯にやってきたところ、道子の遺書を偶然発見して以前起きた事件の全貌を知り利用しました。最終的に全ての罪を飲み込んで遺書を残し滝に身投げします。
以前の事件では達夫は道子の存在が邪魔だったため殺害しようと決めましたが返り討ちに遭って死んでしまった。
道子の叔母の幾代が道子を庇い、跡継ぎの啓一を守るために達夫が山で死んだようにみせかけました。
金田一耕助短編集のまとめ


金田一耕助といえばやはり田舎の大きな一族と遺産相続、の印象がありますが短編集を見れば都会で男女の痴情のもつれが書かれています。短編集ではトントンと事件を解決しているので、長編でのイメージががらりと変わるのではないでしょうか。
エログロ要素が強めの短編集ですが、登場人物の心情描写ややりとりなど書かれているので、刺激が欲しい方なら読んでみて損はありません。


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