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【ネタバレあり】横溝正史・長編「病院坂の首縊りの家」を紹介

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「病院坂の首縊りの家」は「金田一耕助最後の事件」「解決に20年もかかった作品」と言われる、ご存知金田一耕助シリーズのフィナーレを飾る事件。悪霊島同様上下巻に分かれています。杉浦一文先生の表紙イラストはこの病院坂の首縊りの家が一番好きです。最後の事件なのは下巻が昭和48年の事件だからであって、上巻のときは昭和28年なのでこの後の事件も出てきます。

其の複雑さゆえ、古谷一行氏主演のTVドラマと、市川崑監督石坂浩二氏主演1回で実写化しているだけ。20年という月日があるため実写化も完全再現はほぼ無理に等しいらしく、上記の実写もわかりやすい事件が詰まった上巻のみや大胆なアレンジが入っていたりと。下巻の話は犯人の心情も含め表現しにくいでしょうしね

そもそも上巻と下巻で20年の月日が経過しており登場人物も変化している(※特に法眼家・五十嵐家)ため、別物と捉えてしまっても良いかもしれません(個人的に読んで思ったことは、上巻と下巻は続きものではなく、別物・続編だと思わないと登場人物が複雑すぎてわからなくなる、です)。金田一シリーズ最強と言ってもいい複雑な家系図、この子の親は誰、特殊な遺書、未解決事件、ほぼ事項成立の年月、名前の踏襲、今までの金田一耕助シリーズのお約束が詰まっている事件です。

ゆきんこ

ただね……この事件、使われているトリックは金田一先生の「蝶々殺人事件」の転用なんだ

ありさん

ちょうちょ?

ゆきんこ

由利先生シリーズのひとつで名作だよ★ドラマ化してるから見ようね

目次

病院坂の首縊りの家(上巻)

その昔、薄幸の女が首を縊った忌まわしき旧法眼邸。明治から戦争まで隆盛を極め、”病院坂”という地名になった大病院の屋敷跡であった……。本條写真館の息子直吉は、ある晩そこで奇妙な結婚記念写真を依頼された。住む人もいない廃屋での撮影は、不吉な出来事を暗示しているようだった。数日後、再び撮影で屋敷を訪れた直吉は、そこに鮮血を滴らせ風鈴の如くぶら下がった男の生首を発見するが……!?

あらすじ 上巻より

とにかく登場人物が多いことで有名です。それと同じ名前の登場人物が出てくるため、君はどっちだ、となることも。
というか、法眼家と五十嵐家の姻戚の繋がりがごっちゃごっちゃになっているのがこの作品をややこしくしているの原因の一つ。

そのため、映画版では万里子夫妻や五十嵐泰蔵や五十嵐透、下巻の法眼鉄也、関根美穂はオミットされています(下巻の二人は仕方ない)。ただ琢也の娘の万里子を削除したことで冬子を罵倒する役目が琢也の孫の由香利になってしまい、冬子が縊死に至るまでの理由が弱いかな、と思いました。

病院坂の首縊りの家の登場人物(上巻)

登場人物作中での活躍
金田一耕助私立探偵
先生金田一と懇意の小説家。成城の先生。
多門修クラブ「KKK」用心棒。メリケンの修
法眼鉄馬法眼病院創立者。元軍医
法眼千鶴鉄馬の異母妹。桜井健一と結婚して弥生を生むが桜井は散華、五十嵐猛蔵と強引に結婚させられる。映画版は猛蔵を転落死させる(事故に近い)
五十嵐剛蔵法眼鉄馬の父・琢磨の盟友。やりての豪商。
法眼朝子(旧姓:五十嵐)法眼鉄馬の妻。五十嵐剛蔵の娘。鉄馬との間に子供が生まれなかった。
法眼琢也(旧姓:宮坂)法眼鉄馬と宮坂すみ(妾)の婚外子。鉄馬の養子になり、弥生と結婚する。風鈴が趣味。
五十嵐猛蔵剛蔵の子供。千鶴に懸想して強引に母娘ごとに嫁にする。五十嵐産業の長。
法眼弥生千鶴の娘で琢也と結婚。現在の五十嵐産業の会長でもあり、法眼病院の理事長。継父の猛蔵に襲われている
法眼万里子琢也と弥生の一人娘。鼻持ちならぬ驕慢な性格。軽井沢から戻ってきて自動車事故に遭って死亡。映画版では登場しない。
法眼由香利万里子と三郎(法眼病院の内科医)の娘。奇妙な新婚写真の奥さんの方。二人目の犠牲者。
五十嵐泰蔵猛蔵と千鶴の息子。両親から愛されず弥生を慕う。戦争で死去
五十嵐光枝泰蔵の妻。使用人と家族の間のような状態。
五十嵐透泰蔵と光枝の子供。戦争で死去。
五十嵐滋透が適当な女に産ませた子供。手切れ金を払い、泰蔵の子供として入籍した
本條直吉不可思議な結婚写真を依頼されたカメラマン。氣になって金田一に依頼する
山内敏男「アングリー・パイレーツ」のサックス。奇妙な新婚写真の旦那の方。通称「サムソンのビンちゃん」今回の被害者。天竺浪人の正体
山内小雪「アングリー・パイレーツ」のボーカル。敏男の異父妹。法眼琢也と山内冬子の子供。由香利と顔がそっくり。法眼由香利になりすまして生きるよう弥生に懇願される。
山内冬子(佐藤冬子)首をくくって死んだ女性。琢也の愛人。映画版では弥生が猛蔵に犯されて生まれた子供
加納刑事山内冬子縊死事件の担当刑事。のちに「悪魔の百唇譜」「夜の黒豹」でも登場
兵頭房太郎本條写真館の見習いカメラマン。映画版では金田一の助手も務める(多門修の代役?)

最初は「先生」による法眼家と五十嵐家の歴史語りから始まっていきます。簡略化してます、といっても結構登場人物が多い(そりゃ明治~昭和まで)ため、仕方ない。まるまる一編を一族の紹介に使っています。

コレまで出番のなかった「多門修」や「風間建設」がでてくるのも集大成作品だと思います。法眼家の家の修繕を担当しているのが風間建設だったり、クラブKKKのマダムのパトロンが風間社長だったり。

謎の結婚写真依頼

昭和28年。本條写真館の直吉はある写真撮影の依頼を電話で受けます。「病院坂の首縊りの家」と呼ばれるかつて女性が縊死した廃屋敷で、男女の結婚写真を取ってほしいということ。迎えもよこすという依頼に不可思議さを覚えながらも直吉は房太郎と一緒に迎えの女性と廃屋敷に向かいます。大部屋には金屏風に白無垢の女性と、黒い袴をきた男性がいました。この屋敷は法眼家の持ち物じゃないのかと聞けば、男性は自分は法眼家に縁があるものだからと答えます。直吉達は女性の視線が虚ろで理性を保っていないのでは、と思いますが口に出さず写真撮影を続けます。できあがった写真と御代をまた支払いにくる、といって直吉達は追い出されます。

数日後、直吉は房太郎を連れて廃屋敷に向かえば、そこはもぬけの殻でした。電線を引っ張ってきた手際や運び込んだ人夫から話を聞いた直吉は「アングリー・パイレーツ」というジャズ・コンボが大きく関わっていることを知ります。同時にその屋敷が「病院坂の首縊りの家」と呼ばれる女性が一人縊死した家だと父親の徳兵衛から教わります。いたずらかもしれないけど警察に聞いても素気無くされるだけだと直吉は等々力警部の紹介で金田一耕助に今回の件を依頼しに来ました。

縊死した山内冬子とその子どもたち

実は金田一はすでに法眼家から別の依頼を受けていました。それは法眼家当主・法眼弥生の孫娘の由香利が数日前から行方不明のため、探してほしいという依頼でした。その際に金田一は弥生から「病院坂の首縊りの家」……山内冬子の縊死の話を聞きます。山内冬子は弥生の旦那・法眼琢也の愛人で、別宅に彼女をとその子供を囲っていました。そして琢也は自分と冬子の間に生まれた小雪を、弥生に決してあわせようとしませんでした。「あれは呪われた子」だと琢也は弥生に話しています。小雪にあった加納刑事は器量の良い美人だといいました。

法眼琢也の愛人である山内冬子が戦後のお金の事で法眼家の屋敷に足を踏み入れた際、彼女の応対をしたのが弥生の娘・万里子でした(弥生はこのとき旅行中)。彼女は尊敬する父親が妾の子供というのを知ってて世間の醜聞を気にしており、そして愛人を作っていた事実を知って怒り狂います。何より万里子は自分の容姿にコンプレックスを持っていて、そこに美しい父親の妾がやってきたため、嫉妬は頂点に達して罵詈雑言が止まらなかった模様です。その罵声は別室にいた光枝にも聞こえたほどです。そして数日後に冬子は首をくくって縊死します。この件は弥生に強い影を落とします。冬子には敏男と小雪という子供の兄妹がいて現在行方しれず。彼ら兄妹は血の繋がりはありません。

弥生から依頼を終了にする電話が

天竺浪人が書いた「詩集・病院坂の首縊りの家」を読んでいる金田一のところに、法眼弥生から電話が入ります。それは「由香利が帰ってきたのでこの件は終わりにしたい」というものでした。依頼を受けた人間として彼女の無事を一目確認したいという金田一に、弥生は「由香利はひどく疲れているから休ませてほしい」と彼女に合わせようとしません。謝礼金を包んで送ったこと、この件は内密にして誰にも言わないでほしいと金田一に強く念じます。

この電話は由香利が誘拐されてから十一日目のことでした。素知らぬ差出人から届いた書類書留いは幾分の金額が入っており、こちらで手を打ちたいという弥生の考えが伺えます。ただ金田一はこの調査から手を引くつもりはありませんでした。

金田一は由香利に一度会いたいと思っていましたが、それは偶然叶えられました。五十嵐滋といっしょに歩いている女性、法眼由香利を見かけたからです。彼女たちを追いかけ、法眼家の裏口から侵入してバレないように歩いていると病院坂の首縊りの家にたどり着きます。そこにはなんと金田一と懇意にしている「成城の先生」がいました。先生は旧友に詩人がいて詩集を見せるとその詩人も知っていたため、気になってその場所に向かったということです。

法眼由香利と山内小雪

多門修と落ち合った金田一は、彼から「サムソン野郎のビンちゃん」=「山内敏男」=「天竺浪人」の関係を聞きます。敏男は転々と住居を変えていますが、それらを言わないジャズマン気質のことに気づいて住所を手繰っていきました。多門は他のアングリー・パイレーツの住所も探り当てていてそれらを金田一に渡します。ただ「コユちゃん」=「小雪」は敏男の恋人のようで、彼といっしょに住んでいる模様。

金田一は多門の案内で新橋のキャバレーにあるアングリー・パイレーツのステージを見ることに。胡散臭い金田一も、多門が口利きで黙らせます。強い。そして数刻たち、アングリー・パイレーツのステージが始まりました。シンガーの小雪を見た金田一に衝撃が走ります。彼女の顔は由香利と瓜二つの顔でした。ドッペルゲンガーと言ってもよいでしょう。法眼琢也が頑なに小雪を弥生に合わせなかった理由、呪われた顔といった理由、全てが繋がります。もっと彼女を見ようと金田一がステージのそばによっていくと、敏男のトランペットが鳴り響きます。入口では小競り合いが起きているようで赤い服の美女が入ってきます。その女性こそ法眼由香利。同じ顔の女性が二人。由香利はサングラスをむしり取って一番手前から小雪をにらみます。直後、彼女はいなくなり金田一は後を追おうとしますがただ喧騒にまみれて姿を見失ってしまいました。

ついに事件発生

本條写真館の主、徳兵衛は父の時代から取った写真の板の整理をしていました。息子の直吉は不在で、弟子の房太郎を相手にうんちくを語っています。そこに金田一が直吉目的で会いに来ます。どうも金田一の風貌が私立探偵にそぐわない為か、信じがたい視線を向けていたが「悪魔が来りて笛を吹く」の事件を思い出して、居直ります。
金田一は直吉に依頼されたジャズ・バンド「アングリー・パイレーツ」の調査報告書を出してお金を徳兵衛から受取り帰っていきました。

その後直吉が帰ってきて、報告書を受け取ります。ぼられたなど金田一に散々文句をいう直吉を徳兵衛がしかります。人は見てくれで判断するものではないと。そこに以前病院坂の首縊りの家で結婚写真をとった二人の関係者の女性から、同じ場所に風鈴を飾っているので撮ってほしいと連絡を受けます。陰鬱とした女性の声の依頼をうけた直吉ですが、虫の知らせか、徳兵衛と房太郎も同行するといいます。

病院坂付近を回る寺坂巡査は、病院坂の廃屋敷で時々ジャズバンドをしている彼らが気に食わなかった。夜に光るし、時折苦情もある。なにか光っていると寺坂巡査は病院坂の廃屋敷に向かいます。そして病院坂の首縊りの家の大部屋で写真を取っている本條写真館の三人を見ると同時に、彼らが取っているのを見て言葉を失います。

本條写真館の三人が撮っていたもの、それは天井からつられた人間の生首でした。血が滴る首のところに歌集を付けられたさまはまるで「風鈴」でした。その生首の人間の名前は山内敏男、サムソンのビンちゃんでした。

消えた小雪と敏男の胴体

この生首風鈴事件が完全な形で解決するのは下巻の二十年後です。このときでも一応は解決しますが、謎を残したままの時効成立事件になります。

警察が関係者から事情聴取をしているなかで、被害者の山内敏男は法眼琢也の継子だったことや現場が病院坂の首縊りの家であるため、警察は法眼家に連絡を取ります。すると法眼家は祝言モードで大賑わい。五十嵐光枝の話によれば、本日自分の息子の滋と、法眼家の跡取りの由香利が結婚式を上げ、そのままアメリカ軍の飛行機でアメリカに飛び立ったということです。

芥川警部補たちは山内兄妹が住んでいたガレージを発見します。新婚生活のような慎ましい生活感の中に詩集と金管楽器。捜索しているとトラックの荷台に血溜まりの床。すっかり乾いていますが、左側に傾斜しているため、血がそっちに流れていったのだろうといい、ここが首切りの現場だろうと二人は結論付けます。ただ小雪の姿も敏夫の胴体も見つかりませんでした。

渋谷署では精神錯乱状態のアングリーパイレーツのメンバーのひとり、佐川哲也が取り調べを受けています。彼は小雪に心底惚れていて敏男と何度かぶつかっていました。彼は敏男と小雪が死んだ知らせを受け、あまりの衝撃に酒を飲み、何か悩みがあるなら全力で助けていたのに、と後悔と悔しさを喋ります。彼の後見人の女性(アパートの大家)は、佐川を「虫を殺せるような人じゃない」と弁護します。佐川の来ていたレインコートには夥しい血痕が付いていましたが、これは彼が事件直後のガレージにいきショックで血の付いた場所に座り込んでしまったのでは、と。

金田一耕助や等々力警部も合流し、佐川と保護していたアングリーパイレーツのメンバー・加藤謙三を連れて現場のガレージに向かいます。加藤はそのガレージに滞在していた時期があるため、検証にはうってつけです。現場を見た加藤は、特注の蒲団袋がなくなっていると報告します。蒲団袋に敏男の胴体を詰めてどこかに運んだ可能性が高くなり、同時にどうしてそんな手間暇をしなければいけないのか、という疑問が浮上します。首なし事件について金田一は語ります。(※ちなみに首だけあって胴体がない事件は他にもあって「トランプ台の首」が該当)

「死体の身元をくらますか、隠蔽したいというのが目的でしょう。それによって捜査の方向を誤らせ、犯人の身の安全を計りたいというのがふつうですね。ところが今回の場合それが全然違うんです。完全にあべこべなんです」

病院坂の首縊りの家上巻 P316

アングリーパイレーツの残りのメンバーの秋月風太郎と原田雅実も新聞で敏男の生首風鈴を聞き、その時世話になっていた音楽家夫妻の言葉に従って一度は家に戻るとそこには既に刑事が二人待っていたため、彼らとともに出頭してきました。当初は哲也と連絡を取ろうとしても事情を重く見た大家の女性が居留守を使っていました。

山内敏男と小雪の結婚式

秋月風太郎の話によれば、敏男が殺される日の夕方、ジャズの練習をしようとメンバーがガレージに集まり、敏男たちをよんでも全く反応がなく、あかなかったようです。(ガレージの中に楽器が全部保管されているため)。開かない事には練習ができないためその場で解散となり、秋月はかねてより作曲で眼をかけてもらった音楽家のところに向かい、原田は馴染みのバーで飲んでいました。

ここで金田一が秋月の実家が小道具で有名な「山藤」だと質問。秋月は金田一が有名な私立探偵だとわかっていたので自分が「山藤の倅」だと答えます。金田一はこの事件の最初が本條写真館に依頼された奇妙な結婚写真だということを話し、あの大部屋に金屏風や衝立などが用意されていたのを言い、あの奇妙な結婚式に出席したよね、と尋ねます。すると秋月は覚えていると話し、敏男と小雪の結婚式だったのでメンバー全員で参加したと伝えます。
どうして式場に必要な小道具などを調達したのかと聞かれると敏男に頼まれたから、強いてはあの家は小雪の実家だから用意したと秋月は話します。小雪の出生については他のメンバーは知らず、秋月だけが知っていました。二人から打ち明けられたのではなく、アングリーパイレーツ結成前に別のバンドの見習いをしていた敏男と小雪に眼をかけていた秋月に、その時のバンド仲間が昭和22年の新聞を探してみろといい目を皿にして探したところ、山内冬子の縊死事件の子供だとわかった為です。一回だけ口を滑らした際、敏男は秋月を殴るとは思いきや跪き、決して黙っていてほしい他の仲間には父親違いの妹といっているからと言ったそうです。
山内敏男は天衣無縫で無軌道型……アングリーパイレーツの維持に必須ならどこにでも招致する性格で、小雪は良妻賢母型なので、治まるところに治まってほしい思考があったようです。敏男にはパトロンがいた。

金田一は小雪の素性について完全に確信しましたが、その結婚式の花嫁は実は由香利だったのではないのかとずっと考えます(小雪と由香利は瓜二つのため)。ただそれを尋ねることができず、この事件が有耶無耶の未解決事件に突入してからも悩み続けることになるのです。

郵便局からの証言で預金通帳から一定額を除いてお金を引き出した女性がいて、それが小雪だとわかります(お金の引き出しはいつも小雪が担当しているので受付の女性は覚えていた)。

金田一の命令で「天竺浪人」を探っていた多門修にも出頭がかかります。その時の電話内容が結構辛辣で、かえって信頼を寄せているのがわかります。多門は天竺浪人を探っていくうちアングリーパイレーツのメンバーに当たりますが、彼らの前身のうち敏男と小雪だけがわからない。佐川に接触して聞いてみると彼は二人を腹違い(父違い)の兄妹だっと思い込んでいて、腹違いとはいえ兄妹で結婚なんてと反対しつつ悲憤にくれていたといいます。
その後佐川は正常な意識を取り戻し、あの事件の夜について語ります。あの家にまだ電気が付いているから敏男と小雪がしけ込んでいると原田にけしかけられた佐川は怒りに震えて直行します。しかし屋敷が暗く懐中電灯をもって歩いていた佐川は、そこで敏男を発見するも、生首風鈴になっていた衝撃に耐えきれず、周囲をのたうち回ったそうです。

山内小雪の遺書

山内敏男を殺したのは妻である自分であり、憎悪の故の殺害ではなく愛しているが故の殺害、女の嫉妬だと。離婚しようと考えたが私には敏男がいない生活なんて考えられない。
メンバーに祝福されて結婚式を挙げた日、思い出の場所で語り合おうと決めた時は既に殺意は固まっていました。敏男と堅く抱き合った後、眠る敏男の手に手錠をはめて刺身包丁をもち、一突きします。ただかすれてしまい敏男は起きてしまいます。彼はホールまで走り、自分(小雪)を説得します。それは彼が自分を殺して小雪も死ぬ事をわかっていたためです。あの日は嵐なのも拍車をかけ、逃げる敏男を追いかけ回して数十カ所の手傷を負わせます。最終的に出会いかしらの一突きが敏男の致命傷になります。敏男は「俺はもうすぐ死ぬだろう、だから俺の首を切り落として風鈴のようにシャンデリアのようにぶらさげてくれ」と自分に遺言を残します。
火事場の馬鹿力で敏男の体を引きずって自分たちのトラックに乗せ、ガレージに向かいます。台風のため誰にも会わなかったのが幸いです。その後ガレージの中で「これは神聖な儀式なのだ!!」と繰り返し、敏男の首を切り落とし、再び病院坂に戻って遺言を実行しました。
アングリーパイレーツのメンバーはこの事に関して一切無関係です。これはわたし山内小雪と山内敏男の間におきたトラブルです。
私は敏男の後を追っていきます。ではさようなら

警察署に山内小雪からの遺書が届きます。筆跡はアングリーパイレーツのメンバーの証言の通り、小雪の字だが、病院坂のあの屋敷からは女性の指紋が全くなかったこと、そもそもこの遺書にも指紋がありませんでした。出てきた指紋のうち、ひとつは佐川のもので、もう一つは敏男のものではないかと思われていて警察も彼のいそうな場所を洗いましたが、敏男らしき指紋が検出されませんでした。

そして敏男の胴体も小雪の死体もついに見つからず、この昭和28年の事件の捜査は解散となってしまいます。解散の際に金田一はロサンゼルスの友人にあてて手紙を送ります。そして届いたきたのは左手の指紋がついたシャンパングラスでした。

病院坂の首縊り家の上巻の犯人

生首風鈴事件の犯人は山内敏男と法眼由香利だがその後に二人を処理した人は山内小雪と法眼弥生、本條徳兵衛の三人。由香利は敏男の裸を手錠で拘束して肉がめくれるまで鞭で打ち、敏男は由香利の頭を両太腿で挟んだカニバサミで殺す。同士討ち(無理心中)のため二人は犯人であり被害者。息も絶え絶えの敏男は小雪に遺言として自分の首を切って自作の短歌をかざして風鈴にして継母(冬子)が自殺した場所にかざしてほしいという。

女一人ではどうしようもできなかった小雪は、女性特有の嫉妬からアングリーパイレーツのメンバーには相談せず弥生がいる法眼家に駆け込みすべてを打ち明け相談します。弥生と小雪は敏男の首を風鈴にし、敏男と由香利の死体は徳兵衛がどこかに捨てました。そして弥生は小雪に由香利となって生きろという。自分(小雪)がすべての罪を被ったという指紋のない遺書を警察にあてて。

病院坂の首縊り家の上巻の犯人の動機

敏男主体で、継母を自殺に追い込んだ法眼家への復讐。由香利をさらったのは小雪と話してもらうためだが由香利が小雪を拒絶したので敏男が怒って彼女を監禁し、麻薬を服用させて結婚写真を取らせる。これは由香利、しいては弥生への自尊心を傷つけるため。

ただし由香利も敏男に犯されて泣き寝入りするような女性ではなく敏男への復讐のために、彼を裸にして拘束し鞭を振るって体中に跡を残した。

ゆきんこ

遺産相続とか跡継ぎ騒動とかわかりやすい動機だったらよかったんだけどね……病院坂は上巻も下巻も犯人の動機がわかりにくいと思う。

病院坂の首縊りの家(下巻)

病院坂の首縊りの家で起きた生首風鈴事件から二十年の歳月が流れた―――。元警部等々力が開設したヒミツ探偵事務所を訪れた金田一耕助は、彼の関係した事件の中で唯一不本意な結末を迎えた病院坂の事件を話し始めた。
事件そのものは時効が成立していたが、金田一は、その延長線上に新たな事件発生の兆候があるという。あの忌まわしい事件の再来を、この名コンビは防ぐことができるのか――――!?
金田一耕助、最後の事件!!

あらすじ 下巻より

あの生首風鈴から20年……つまり昭和48年(1973年)、金田一耕助は事件の関係者を見守ってきました。あの事件は時効成立していますが、その先に新たな悲劇があると彼は語ります。

そして上巻・下巻で出てくる存在が「サムソンとデリラ(ダリラ)」という旧約聖書「士師記」十三章~十六章のサムソンの話を元にしたオペラや映画。サムソンは怪力のヘブライ人で、ペリシテ人に支配されている現状を打破しようと反乱を起こします。しかしデリラという美しいペリシテ人の女性に誘惑されて力の源になる髪を切られ、捕まってしまい眼をくりぬかれて挽き臼を回す刑を受けています。見世物にされているサムソンは最後神に祈り、建物の二本の柱を壊して多くのペリシテ人ともに死んだと言われています。
何故かと言われれば、サムソンが敏男の渾名でもあるからです。ならば誘惑したデリラは誰?

病院坂の首縊りの家の登場人物(下巻)

登場人物作中での活躍
金田一耕助私立探偵
等々力大志元警部。今は引退して秘密探偵事務所所長
多門修バー「KKK」総支配人。
本條直吉誰かに二回襲撃される。本條家が弥生を揺すってビルを建てたことを告白する。最初の犠牲者。
法眼弥生法眼家の大奥様。
法眼由香利弥生の孫娘。滋と結婚し、法眼家の後をついでアメリカに飛ぶ。正体は山内小雪。遺書のテープを残して自殺する。
五十嵐滋(法眼滋)由香利の旦那
法眼鉄也滋と由香利の子供。自分の出生に悩む。敏男と由香利(小雪)の子供
兵頭房太郎本條写真館にいた青年。今はヌードモデルなどのカメラマン。滋に脅迫状を送った全ての極悪人
関根美穂鉄也の幼馴染でガールフレンド
秋山風太郎元アングリー・パイレーツのピアノ。本名で作曲家活動をしている
佐川哲也元アングリー・パイレーツのドラム。ザ・パイレーツというバンドでドラム担当
原田雅実元アングリー・パイレーツのテナー・サックス。引退して電気商会を開く
吉沢平吉元アングリー・パイレーツのギター。引退して様々な仕事につく。二人目の犠牲者。
加藤謙三元アングリー・パイレーツの見習い。銀座で流しのアコーディオン奏者。
山上良介滋が調査員をしているときに使用した偽名
山内敏男元アングリー・パイレーツのメンバーで20年前の事件の被害者。サムソンのビンちゃん。
関根玄竜関根美穂の祖父で人間国宝。鉄也&美穂の保護者

最初は本條直吉を狙う事件から始まります。彼は二度も殺人未遂に遭っていて、そのときに自分の父親が写真の石板で法眼弥生を生涯に渡って揺すり続けて金をせしめ、本條のビルを建てたことを金田一たちに話します。その証拠となる石板が入った鉄の函の鍵はどこにいってしまったようですぐにみることはできませんでした。

由香利(小雪)と滋の子供、法眼鉄也は10代後半に成長しました。粒々として男らしく秀才の鉄也ですが、髭をはやしてオートバイを乗り回し志望校に3つ落ちてしまっています。それは2月頃に宛先がない手紙をもらった事が原因でした。その手紙には山内敏男の生首風鈴の写真と、鉄也は由香利と滋の子供ではなく、この生首風鈴の男と由香利の子供であることや、嘘だと思うなら昭和28年9月の新聞などを調べてみろ、と書かれていました。この手紙をもらったことで鉄也は自暴自棄になっていました。その男と似ていたからです。

最初の被害者

差出人不明の手紙によって本條写真館のビルに集められた元アングリー・パイレーツのメンバーたち。ただ最後に来た吉沢は、実は一番最初に来ておりメンバーを注視していた模様。この同窓会の別の会では法眼家も出席した結婚式が行われており、由香利夫妻と鉄也、そして直吉の息子・徳彦も参加していました。ただ秋山と佐川はこの同窓会の主催者が自分たちの中にいるのかと疑っていました。受付をすませた吉沢の姿をベル・ボーイは死神のようだと気味悪がり、等々力さんも吉沢を監視していました。その一方で、直吉は酒に酔い、トイレでリバース状態です。

しかし開始一時間を過ぎても吉沢は姿を見せません。代わりに多門が入ってきます。吉沢の住所も消息も知らないまま時間が過ぎ、部屋の外に出ると吉沢がいたので原田が連れてきます。誰か招待状を送ったかと聞くと。吉沢は秋山達の連名できたと話します。しかし秋山達は吉沢の住所も知らないのです。
すると部屋が暗くなり、20年前の生首事件がスクリーンに大きく映ります。まるでまだ事件は解決してないぞ、と言わんばかりに「お前らこの生首を知っているか」「おまえたちは呪われている」と細工されたテープ音が聞こえます。直後、テープ音が聞こえた時計が落ちて大きな音が響きました。

直後、ビルの窓の外から悲鳴とつんざく声が聞こえると、ぐしゃりと落ちる音。殺されたのはトイレでリバース状態だった本條直吉で転落死でした。自分が護衛していながら直吉が殺されてしまった事実に、等々力さんは己を責めます。その場にいたのは直吉の息子、徳彦と友人の鉄也、金田一耕助と等々力さん、兵頭房太郎、法眼滋の六人でした。

金田一は法眼弥生に呼ばれますが、その前に由香利と会います。由香利の話では、弥生は意識もあり物事もはっきりしているがここ数年で衰えを感じていて、会話はするものの姿を特定の人間以外には見せなくなります。部屋の大部分にカーテンを覆っているため彼女の部屋は「夢殿」と呼ばれています。弥生が金田一を呼んだのは、直吉から受け取った鉄の函(写真)を持ってもらうためです。直吉の手紙を知らない金田一が首を傾げると、由香利がその内容を話します。「件の鉄の函を持って行く予定でしたが金田一耕助に預けました。彼から受け取ってください」というものです。直吉は自殺したと思っていた弥生ですが、金田一は他殺の線もあるともってきませんでした。

法眼由香利=山内小雪

また鉄の函の条件は「徳兵衛の死後、直吉がもってきて弥生に渡す。由香利氏立ち会いの下」とありました。その条件に合っていないと金田一は弥生達に語ります。「由香利ならここにいるではありませんか」という弥生に対し、金田一はこう述べます。全てを壊す爆弾を。

「いいえ、この方は法眼由香利さんではありません。ここにいらっしゃるこのひとは、コユちゃんこと山内小雪さん、ジャズ・コンボ『怒れる海賊たち』のソロ・シンガーだった女性で、二十年前の秋の夜、病院坂の首縊りの家で惨殺されたビンちゃんこと山内敏男君の妹にして愛人だった人です」

病院坂の首縊りの家下巻 P185

直後、弥生と由香利から悲鳴が上がります。そして由香利は金田一の逃げ場を塞ぐように扉に立ちはだかりピストルを向けました。その表情は歪んで苦しむ表情で、金田一は彼女の二十年を思い憚ります。逆にしらばっくれるのは弥生のほうでしたが金田一は弥生という女傑の性格を理解した上で、小雪に由香利になってくれと説き伏せたのだろといいます。そして由香里と小雪、双方にキャバレーで会っていると話します。由香利が小雪をにらみつけた心の叫びを金田一は解釈しますが、おそらく主に敏男の事だろうと言います。「誘拐して麻薬嗅がせて奇妙な結婚をあげて散々オモチャにして満足したかもしれないけど、私は泣き寝入りする女じゃない。彼がサムソンなら私はデリラ、必ず跪かせてみせる。そして小雪さん、あなたは私にこの前の事は悪い夢だったと思って引き下がってほしいと思っているけどそうはいかない。あたしはこの人を誰にも渡しはしない」――――と。

すっかり放心して椅子に座る小雪を尻目に、弥生はどうして彼女を由香利ではなく小雪であるときめたのかと尋ねます。すると金田一は由香利と小雪、それぞれの指紋をもっているからと答えました。ここで上巻の最後にロスから届いたシャンパングラスの指紋の意味がわかります。あの指紋は法眼由香利になった山内小雪のものということです。本條徳兵衛が残した写真の数々によって昭和28年の生首風鈴事件の真相が明らかになったと金田一は述べます。

法眼由香利誘拐事件の顛末

由香利を誘拐したのは山内兄妹で、彼らは由香利の周辺を観察して軽井沢の山荘に電話をかけ、塩沢湖で彼女と話しあい、最終的にガレージに連れて行きます。彼らは金銭的要求をしませんでした。由香利が暴れないようにガレージで監禁している期間、彼女には警察から奪った手錠と猿ぐつわが常時はめられていました。結婚式が行われるまでの十一日間、一度だけ由香利は電話を許されました。その内容は小雪の事を示唆するものでした。由香利を呼び出すのは小雪の存在で「あなたにはおばさんがいる」というもの。そんなのありえないわと由香利が笑っていたと当時の滋が証言しています(そしてこれを20年後の滋は思い出す)。

敏男は小雪と由香利の懸隔の違いを相当憤慨していました。尊敬する継父・琢也の孫と娘なのに扱いが天と地で違っています。また小雪はジャズの道、強いては芸能界に会わないと思っていた敏男は、彼女を法眼家に帰して引き取ってもらえないかと考えます。また美しい彼女に目をつける男も多く、兄としてそれらも心配だったと考えていたようです。

小雪を法眼家に帰すと決めた敏男ですが、かつての母・冬子のように人選を間違えてしまったのです。冬子と同じく最初から弥生に会っていれば。琢也が小雪と由香利を会わせなかったのは、彼は弥生を恐れていたからだと金田一は考えます。何かをしてしまう行動力があったと。しかし本当はその逆でした。そっくりだと知っていれば、弥生はあの男の呪縛からもっと早く逃れられたのです。
敏男が小雪を会わせようと決めた相手のは同い年の由香利でした。同年代なら話も弾むのではないか、ですがそれは全くの逆で、由香利は小雪を徹底的に拒絶します。塩沢湖で話した二人ですが、母・万里子のように罵詈雑言の嵐。挙げ句には平手打ちをしたことで敏男を憤慨させ、彼女を拘束してガレージで監禁します。結婚式までの間は由香利には手を出さなかった敏男ですが、その期間相当腹に据えかねる出来事が積み重ねっていた為、結婚式を終えた夜、敏男は由香利を犯し(小雪も手を貸した)、彼女を解放したのでした。

二人目の被害者

会話を遮るように金田一は多門より電話を受けます。内容は元アングリーパイレーツのメンバー・吉沢が殺されたという内容です。吉沢は自分が働いている大工センターで死体で見つかりますが、その場にいたのは法眼鉄也でした。

鉄也のアリバイは彼女の美穂が証明しましたが、実は二人でラブホテルに行き一線を越えたので、騎士道精神で言えなかったのです(その美穂を後押ししたのが佐川)。鉄也は脅迫状のこともあって母親の由香利(小雪)を拒絶したため、美穂の祖父の玄竜が責任者となって二人を引き取ります。その後、由香利は鉄也の部屋で鉄也への脅迫状を発見します。筆跡は鉄也の字のため、おそらくかっとなって破り捨てたが、その後冷静になって残しておこうと思い出して書き記したからです。その後捜索に入った本條写真館の写真が保存されている「温故知新館」から奇妙な結婚式の写真と生首写真の2枚の写真が盗まれていました。

吉沢の凶器の千本通しも手に入る道具であり、アリバイなどを考えると実際の殺害現場は別で、殺されてから大工センターに運ばれたのではないかという説が浮上しています。そこに多門が「吉沢は鉛筆を常に耳に引っかけていて、それが遺体にはなかった。だから鉛筆がある場所がそうじゃないか」と金田一を通じて警察に指摘します。
また直吉を守れなかったことで今回の事件から手を引こうとする等々力さんに、金田一はあるものを見せます。それは今朝由香利から届けられた荷物で、鉄也への脅迫状です。脅迫状を読んだ等々力さんは烈火の如く怒り狂います。

そして金田一は直吉殺しが偶然の一致によるものだと説明します。既に直吉は二度も命を狙われている為、何か起きるのかと思っていました。徳彦に聞いたところ、鉄也があの場にいたのは直吉に聞きたいことがあり、二人きりになれるチャンスを狙っていたらあんなことになってしまったと。

脅迫状の主

鉄也が残した脅迫状を読んだ等々力さんは鉄也を恐喝する恐喝者が誰なのか推測します。殺された直吉の可能性をあげますが、彼は自分がどうして狙われ続けているのかわからなかったうえ、「恐喝者は常に生命の危機にさらされる」と金田一に話していました。そして金田一は、犯人(被恐喝者)は自分を恐喝する人間を本條直吉だとすっかり思い込んでしまった。この写真の出所からみて本條写真館の為、無理もない……と話します。

金田一の推理を聞いた等々力さんは、消去法で、あの写真を知っている本條写真館の残りの関係者は、兵頭房太郎だろうと推測し彼が恐喝者だと考えます。徳彦の友人である鉄也の成長を見て兵頭が、鉄也と敏男を紐付けるのも用意だと。昭和28年の事件の関係者故の思考です。ただ直吉は鉄也と敏男の相似に気づきませんでした。

そして等々力さんはロープの存在を思い出します。金田一はそのロープがどこにあったのかを等々力さんからきき、かつてこういう推理小説があったと蝶々夫人殺人事件のロープのトリックを口にします。その推理小説のトリックを模倣して行ったが、殺した相手は本来の恐喝者とは違う別人だった――――――愚者の犯罪だと金田一は話します。そして恐喝者が鉄也を揺すっても何の旨味も得られない、恐喝は甘い汁を吸う為に行うと話します。あのビルの行動と照らし合わせ、兵頭の恐喝相手は法眼滋(五十嵐滋)だと金田一は結論づけます。

そして同時に鉄也への脅迫状を送ったのが滋だと言います。とても愛し誇りにしていた我が子がある日我が子でないと知ったとき、滋の憎悪と復讐心は鉄也に向けられたのではないか。そして佐川が「吉沢殺しの目論見は殺人を鉄也に転嫁する目的もあったのではないか」とも。脅迫状の内容が一部不思議な部分もあり、「法眼家とは無関係だ」と書かれているのですが、鉄也は法眼由香利の子のため法眼家の血をしっかり引いています。それを記載するほど滋は混乱していて、かつ由香利の正体を知らないということです。由香利の正体と言われた等々力さんはその封書の宛名を見るよう金田一に言われて見ればそこには山内小雪の名前がありました。そこで彼は由香利と小雪が同一人物だと知るのです。

多門より連絡が入り、兵頭の身辺を洗った結果彼が悪徳金融業者から金を借りていて相当の額を借金しているとわかります。恐喝をやってもおかしくないと。

「女体の醸し出す甘美な夢」

左脇に封筒を抱えた兵頭は、ヌードモデルに金をやって立ち退きさせると、自分の写真スタジオに入ります。兵頭もかつては一流のヌード写真家でした。ただ新陳代謝が激しい界隈のため、兵頭は落ち目になってしまい悪徳金融業者から搾られています。
そこで準備をして取り出したのは封筒の中身――――――温故知新館から紛失した2枚の写真――――――を、丁寧に取り出し、その写真を複写機で2枚撮ります。それをしまいます。写真を撮った後はメモに書きとめた、流通している新聞の中から一文字を切り抜くことです。何時間かかけ、一段落付いた兵頭に声がかかります。それに反応すると盤石のごとき力で羽交い締めにされます。直後入ってきたのは金田一と等々力さん。等々力さんは写真を見つけ、金田一はテーブルの上にある新聞を見て、兵頭が何を作ろうとしたか察します。ここ「ニコリともせず」「冷たい声で」とあるので無茶苦茶キレているんだなぁと察します。ちなみに兵頭を羽交い締めにしたのは多門です。

「警部さん読んでごらんなさい。これがこの男の綴ろうとした文章でしょう」
「法」「眼」「滋」「よ」「お前は」「間違った」「男を」「殺害」「したのだ」「昨年の秋」「お前」「に」「これと」「同様の」「手紙」「と」「写真」「を」「送ったのは」「本」「條」「直」「吉」「ではなかった」「のだ」「お前は」「いまや」「殺人」「者」「なのだ」「それ」「だけに」「要求」「額」「は」「倍加」「する」「で」「あろう」

病院坂の首縊りの家下巻 P305
ゆきんこ

ここから犯人の過去回想と心情語り、犯人と相対する金田一など「病院坂の首縊りの家」のクライマックスです。

この後、金田一や等々力さん、多門たちは兵頭を囮にした作戦で犯人と相対します。そしてとある女性の告白テープとともに昭和28年の生首風鈴事件の真相も語られ、この昭和48年の事件も同時に悲しみの結末を迎えます。
映画でもでてくるシーンがありますが、金田一と弥生の心情が違っているんですよね。展開は一緒なんですが…

その後、一切合切のお金を様々な所に寄付し金田一は近隣の同僚や仲間にも告げず、荷物をまとめてアメリカに旅立っていきます。一番最初の本陣殺人事件で久保銀造がアメリカから呼んだのが最初の登場、最後は真逆でアメリカに。金田一らしいなと思いました。友人の風間が情報網を動員して金田一を探しているという一文に、この人は本当に友情に厚い男なんだなと感じました。

病院坂の首縊りの家 下巻の犯人

直吉・吉沢を殺した犯人は法眼滋です。そのきっかけとなった脅迫状を送ったのは兵頭房太郎です。脅迫状がきっかけでデスペレート状態に陥った滋はアングリーパイレーツと脅迫者を殺そうと決め、その罪を息子の鉄也に転嫁させようと考えます。直吉を殺したロープのトリックは「蝶々殺人事件」から使用しています(作中でも言及がある)

吉沢は共犯として目をつけられ、変装した滋によって利用されて殺害されます。あの場に鉄也を呼びだしたのも滋です。直吉を殺したのは勘違い殺人で、脅迫の内容からして本條家なら当主の直吉もしくはその父徳兵衛だろうと思い込んだためです。(上記で指摘されているように)

病院坂の首縊りの家 下巻の犯人の動機

由香利を愛しているが元来子供がなせない体と医者から言われていた滋は、たった一人の息子の鉄也に全てをかけていました。しかし成長した我が子が自分に似ておらず、山内敏男という20年前に死んだ男によく似ており、あれは由香利と敏男の子種でお前はタネなしだという脅迫状が届いたことで滋の全て、男としてのアイデンティティーが崩壊してしまった。

また滋は兵頭に金を渡しに来ますが、その場には由香利も内緒で来ていました。金田一の作戦の末、滋は取り押さえられますが、由香利の願いで自首してほしいと願います。そして彼女は「滋さん、あなたを尊敬し愛している」「告白したテープがある」と言い残し滋の腕の中で息絶えします。そのテープは法眼由香利として20年生きてきた山内小雪の20年前の事件の真相を綴った告白テープでした。

鉄也への脅迫状を作ったのは滋です。鉄也を罵りながらも涙をこぼしていました。由香利に対しては殺意は全くありませんでした。彼女は自分を変えてくれた恩人かつ奔放な女性だというのも知って結婚したためです。そんな彼女にタネを仕込んで孕ませた敏男が男として憎くてたまらない滋の憎悪と復讐心はアングリーパイレーツと鉄也に向きます。

滋は誰の手も借りず、二重生活で素人探偵もどきをやりながらアングリーパイレーツのメンバーの現状などの情報を集めていきます。ここのシーン、滋の性格を読んでいると結構精神的にきつい。

かれは出来るだけ目立たない存在でありたかったので、あるときは保険の勧誘員に化け、あるときは電気製品のセールス・マンになりすまし、あるときは貸間探しの安サラリーマンに変装した。それは文字通り難行苦行の連続だった。出先で侮辱され、愚弄され、悔しさにアジトにかえってから血涙をしぼることも珍しくなかった。そんなとき沮喪しそうなかれの士気を鼓舞し、鞭撻してくれるのはあの二枚の写真の裏書きと恐喝状の次の一節だった。

お前は法眼家においてタネ馬にもなれなかった男だ お前は宿無しだ カタリだ 風来坊だ 地位も身分もない蛆虫みたいな存在なのだ

滋はその一節を読むたびに激しい怒りと屈辱と、名状すべからざる悲しみのために人知れず悲憤の涙に暮れ、挫けそうになる復讐心を奮い立たせ、悪鬼の化身として炎えあがった。

病院坂の首縊りの家下巻 P335~P336
病院坂の首縊りの家 法眼弥生について

上巻から続く悲劇の連鎖のおおもとこそ、弥生にありました。弥生は琢也に嫁ぐ前から継父・猛蔵に犯されてそれを本條権兵衛(徳兵衛の父親)によって写真にとられており、二人から二重に搾取(金と性)されていました。
猛蔵は弥生に万里子は琢也との子ではなく自分との子だと吹き込み続け、若い弥生もそれを信じてしまいます。憎い猛蔵の血を引く子という事実が、万里子と由香利への愛情を無くし、代わりに職務に没頭し続けます。そんな彼女を旦那の琢也は内心恐れていて、小雪を合わせないようにしていました。ですが琢也の妾の子の小雪が由香利と瓜二つと言うことで、万里子と由香利は正しく琢也との子とわかり、弥生は涙を流します。

ちなみに映画版だとちょっと変わっていて、琢也に嫁ぐ前に猛蔵に犯され子供を産んだ弥生は里子にだします。その子供が実は山内冬子だったという因果関係。弥生は原作と映画で最期のシーンが全然違うのが特徴です。映画版の最期のシーンが美しすぎて泣いた人多いんじゃないかな(私もそう)。

病院坂の首縊りの家のまとめ

トリック自体はそこまで複雑なものではないのですが、犯人の動機と心情が大変だと思います。とくに下巻。これはちょっと今だと理解しにくいかもなぁ……。最後の「拾遺」でその後のまとめが書かれていて、鉄也の言葉に救われたのも大きい。鉄也、キミは真っ当な人生を送ってくれ。そして本陣殺人事件は40年前の事件になるのか……そうか。
あと、一番最期の弥生に向けられた金田一の「蛆虫」という言葉、弥生の最期の叫びがなんとも言えずもの悲しいと思います。小雪の告白テープにもありましたが、病院坂の首縊りの家の本文、思った以上に「蛆虫」が多すぎてつらい。

ゆきんこ

でも映画の弥生の最期のシーンは本当に美しすぎて泣くんだ

首だけの死体「トランプ台上の首」のレビューはこちらから

今回の画像はこちらよりお借りしました!

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