短編集を紹介してきたので今度は金田一の長編の「扉の影の女」を紹介します。「扉の影の女」は角川文庫の記念企画で復刊した金田一耕助シリーズの一つです。金田一シリーズにおける「田舎」「因習」「呪われた一族」というお約束はなく、働く女性が多く登場します。

せっかくなので「支那扇の女」も買ったし、中古で「吸血蛾」も買ったので読み終えたら紹介したいです
横溝先生は登場人物名の使いまわしが多め?
短編集を読んでいてとくに思ったのですが、登場人物の名前が被ることが多いなと感じました。有名な「犬神家」はかぶりませんが、本陣殺人事件の「一柳家」は今回の「扉の影の女」収録の「鏡ケ浦の殺人」でも出てきます。横溝先生は作品をたくさん執筆されていたので毎回名前を考えるのが面倒だったのかな、という結論に至りました。
「扉の影の女」のあらすじ
銀座・モルパルナスに勤める加代子は深夜、曳舟稲荷の路地から飛び出してきた男性にぶつかった。血に汚れたハット・ピンを落として慌てて立ち去った男は、なんと加代子の恋敵を殺害していたのだ。現場にあった不思議な手紙の切れ端に誘われ、金田一耕助もこの事件究明に乗り出すのだが……。
「扉の影の女」より
二枚目半で日本一魅力的な名探偵・金田一耕助の日常生活にも迫る表題作に加え、海辺の風光明媚な街を舞台にした「鏡が浦の殺人」を収録。
初版は昭和50年10月。今から40年近く前の作品です。登場人物も多い。戦争終了後の東京の錯綜する雰囲気を味わうならうってつけですね。
「扉の影の女」の登場人物
登場人物 | 作中での活躍 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
夏目加代子 | 事件の依頼人。銀座のバーで働いているホステス |
多門修 | バーKKKの用心棒(イケメン)で金田一の助手枠の一人 |
江崎タマキ | 事件の被害者。銀座のバー「お京」で働くホステス。臼井の彼女だが金門とも関係を持っている |
臼井銀哉 | Q大学生でプロボクサー。タマキの彼氏で加代子の元カレ |
金門剛 | 金門産業の創始者でタマキのパトロン |
加藤栄造 | 東亜産業の創始者で財界の巨頭 |
広田幸吉 | 高級レストラン・トロカデロのコック長。同性愛者 |
藤本美也子 | トロカデロの経営者でマダム。加藤の愛人と言われている |
沢田珠実 | ヒロポン中毒かつ車にはねられて病院で亡くなった高校生。事件の2番目の被害者 |
沢田嘉代治 | 珠実の父親で有名な弁護士 |
佐伯三平 | 沢田弁護士の甥で道楽者 |
ひとまずはネタバレなしで記載しています。なお警察関係は割愛しました。犯人の名前と動機が一番最後の最後でわかるのですが、そこに行きつくまでの道筋がかなり長い作品です。特に沢田一家がでてくるの、終盤だし。
芋づる式に無関係の人間が実はとあるものでつながっていて、事件の全体像がわかってくる設計なので「この人とこの人がつながってるのか」と納得してしまいます。だから犯人や動機はおまけのようなものです。
この作品の特徴のひとつに、「多門修」の出番があります。彼は金田一に傾倒している青年で、彼がかつて受けた冤罪を金田一が解決したことから彼の助手の一人として働いています。登場する作品はこの作品以外では、主に「雌蛭」と「支那扇の女」です。映像化に恵まれてない作品なので、ぜひとも映像化して彼の活躍っぷりを見てみたい!
閉ざされた田舎ではなく都心での事件のため、「五反田」「銀座」「田園調布」など東京23区内の地名がバンバン出てきます。
ヒロポンとは
ヒロポン (Philopon) とは、大日本製薬(現・大日本住友製薬)によるメタンフェタミンの商品名。同社の登録商標の第364236号の1である。成分名は塩酸メタンフェタミン。剤型はアンプルおよび錠剤である。ヒロポンの名は、ギリシア語の Φιλόπονος(ピロポノス/労働を愛する)が由来である。
ウィキペディア「メタンフェタミン」より





ヒロポンについては専門外なので詳しくないけど、終戦直後の日本で一時期酒やたばこの代わりの嗜好品として流行ったとか
扉の影の女のネタバレ


この作品は犯人や動機よりも行きつくまでの過程に重点を置いてると思います。なので当初「犯人誰なんだろう」と思いながら読んでいましたが、最後のオチで「えっ」ってなりました。
「鏡ヶ浦の殺人」のあらすじ


舞台は昭和32年頃。東京近郊の海水浴場や美女コンテストなど現代チックな設定が強め。等々力警部や金田一は休暇中だったにも関わらずの事件発生なので、この導入は孫にも受け継がれている気がします。
そして今回はドストエフスキーの「罪と罰」のワンシーンが出てくるので、件の作品を知っていると犯人の動機が先に浮かぶかもしれません。私はわかりませんでした。
「鏡ヶ浦の殺人」の登場人物
登場人物 | 作中での活躍 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
江川市郎 | 児童心理学者。コンクールの審査委員長で事件の最初の被害者。読唇術ができる |
一柳悦子 | 一柳子爵の未亡人で望海楼ホテルのマダム |
加納辰哉 | コンクールの審査委員。都築正雄を引き取り育てている |
加藤達子 | 江川教授の助手。この事件の最大の功労者 |
一柳芙沙子 | 悦子の娘。事件の第二の被害者 |
一柳民子 | 悦子の義理の妹(一柳子爵の妹) |
岡田豊彦 | 一柳家の遠縁の親戚で芙沙子の友人 |
都筑正雄 | 加納の妹の子供。大学生でラグビー部 |
久米恭子 | 大学生で正雄の彼女 |
被害者の江川教授には娘と孫娘がいます。そして孫娘のルリ子は先天性の聾唖であり、彼女のために江川教授は読唇術を覚えて言葉を彼女に教えたといいます。速記術もできるというマルチな教授です(そして速記の翻訳は加藤さんが行っています)
孫娘のルリ子も読唇術ができ、唇に指を当てて言葉を発しています。彼女が望遠鏡で海辺を見たことで第二の事件の被害者の一柳芙沙子が最期に叫んでいた言葉がなにかわかりました。





個人的には助手の加藤さんが本当に頼もしい方だった。足を引っ張らない協力者がいると、読んでいてムカッと来ることがない
「鏡ヶ浦の殺人」のネタバレ
都会ではなく地方の海辺の事件、しかし因習や大きな一族の事件などない、長編の金田一シリーズを思い浮かべると「あれ?」と思う事件です。ロケ撮影もできそうな場所設定だったからドラマの題材にならなかったのがおかしい





ちなみに終盤で金田一が関係者を集めて、推理とハッタリをかまして犯人の動揺と自爆を誘うシーンがありますが、このあたりは孫にも受け継がれているなあと思うシーンでした
「扉の影の女」のまとめ


長編物では珍しい有能助手「多門修」の活躍や、事件の全貌がわかってくるに連れて「おおおお……」と面白くなってくる構成でした。犯人がここまで絡んでこないパターンは珍しいですが、普通の事件だとこういう感じなのかなと思います。
ちょっとずつわかってる事件の本質やここで手に入れた証拠はこんな意味なのか、など。長編物ですが金田一の有能っぷりもわかるのでおすすめです。クローズドサークルが珍しいんだよね
なにげない都会の喧騒での事件や地方の海辺の事件など、普段の「金田一耕助」の作品とは違う現代チックな作品ですので、気になる方は是非とも読んでみてはどうでしょうか。
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今回の画像もぱくたそ様よりお借りしました

