今回も前回に引き続き短編を。
横溝正史先生の金田一耕助は長編以外にも短編も多く執筆されています。短編のほうが事件を未然に防いでいるので殺人防御率が高いと言われている。短編は金田一先生のいろんな一面が見れて面白いんだよなあ
またミステリー小説、短編集ということで長編のような難解なトリックを連想してしまいがちですが、短編集は登場人物の心情や内面、動機やシチュエーションの突飛さが強めなので、それらを期待すると肩透かしを感じるかもしれません。ただ犯人はわりと最後までわからない短編が多いので、犯人は誰だろうかと考えながら読んでみてもよいかもしれません。
今回は金田一耕助ファイル6「人面瘡(じんめんそう)」に収録されている5つの短編集を紹介します。犯人のネタバレなど満載なのでご注意ください
本当は違うのを紹介したかったんでしょ?
うん。堕ちたる天女をやる予定だった。ただ復刻されていないから手に入らないんだ……!!!!
\ 594円税込 です/
睡れる花嫁
死体損壊とネクロフォビアがメインの通俗エログロ系です。前回紹介した「生ける死仮面」が男性ならこっちは女性。
私は小説より先にJET先生のマンガで読みました。横溝先生、やっぱりこういうシチュエーション好きなのかなと思ってしまいます。タイトルのセンスではぴか一です。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
樋口邦彦 | 画家。瞳と結婚して彼女が死んだ後も世話をしていた |
樋口瞳 | 元ダンサー。結核を患っていたが腐乱死体となって発見 |
清水浩吉 | 酒屋の奉公少年。瞳の死体の発見者 |
河野朝子 | バーの女給で事件の最初の被害者。結核患者で本編ではすでに死んでいる。 |
原田由美子 | バー・ブルーテープの通い女給。2番目の被害者 |
水木加奈子 | バー・ブルーテープのマダム |
しげる | 加奈子の養女。3番目の被害者 |
川北医師 | 川北医院の医者。訳ありな患者も診る |
※「睡れる花嫁」の犯人のネタバレ
原田由美子、そして犯人と目された樋口邦彦を殺した犯人はしげるです。清水浩吉=しげる。彼の養母である水木加奈子も共犯者です。なおしげるだと思われた女性もしげるたちが殺害しています。
しげる(清水浩吉)は男ですが女装しています。しかし犯行を重ねるにつれて警察の包囲が強くなり、自分への容疑も向くだろうと思って、しげるという存在を抹消して清水浩吉に戻りました。「しげる」を抹消する際にまったく無関係の女性を替え玉に使用し身元が分からないように顔をつぶして死体をぐちゃぐちゃに殺してマンホールに捨てています。
※「睡れる花嫁」の犯行の動機
樋口邦彦の財産目当てです。由美子は樋口とブルーテープの関わりを警察に漏らしたため、口封じで殺害されました。樋口邦彦は妻の瞳の遺体遺棄罪で捕まりましたが模範囚人として恩赦が適用されて早めに出所しました。その際に財産を換金しています。かつて瞳が働いていたキャバレーにいた水木加奈子は樋口の事も知っていました。そして彼が相応の財産を持っていることを知り情夫の清水浩吉と組んで彼を殺害しました。
死体凌辱は瞳の第一発見者の浩吉(しげる)が、瞳の遺体を見てネクロフィリアに『目覚めて』しまったからです。
湖泥
金田一耕助の短編の中では人気があり「名探偵金田一シリーズ・呪われた湖」として1996年にドラマ化しています。ドラマ化の際、原作の犯人の動機が現代では説明しづらい&理解しにくいということもあり、犯人も動機も全て改変されています(改変された動機や犯人も筋が通っているのでこれはこれで面白い)。「田舎」「対立する村の有力者の家」「有力者の息子に迫られている美少女」と個人的には悪魔の手毬唄に寄せてるかなと思いました。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
御子柴由紀子 | 大陸からの引き揚げ一家で村一番の美女。事件の最初の被害者。 |
北神浩一郎 | 北神家の跡取り息子。由紀子の婚約者 |
西神康雄 | 西神家の跡取り息子。由紀子のことが好き。 |
北神九十郎 | 大陸からの引き揚げ者。北神の苗字だがほとんど付き合いはない |
志賀恭平 | 村長。 |
志賀秋子 | 志賀村長の後妻。事件の第二の被害者。 |
※「湖泥」の犯人のネタバレ
御子柴由紀子と志賀秋子を殺した犯人は北神九十郎です。ただし御子柴由紀子の死体を湖に沈めたのは北神浩一郎。志賀秋子と西神康雄が企んだ計画を盗み聞きして康雄を眠らせたり由紀子に手紙を渡したりと工作を行いました。
※ドラマの「呪われた湖」では犯人は志賀秋子ですが設定が村長の妻から北神家の保健婦に変更されていて、北神と西神のいさかいに巻き込まれて家族を失い北神家の復讐のため殺した設定です。
実は北神浩一郎と志賀秋子は不倫の関係であり、浩一郎が祭りの日に水車小屋で米搗き当番を行ったのは秋子と密会するためです。浩一郎が水車小屋を離れたタイミングで由紀子がやってきて康雄は襲うつもりでしたが、急激な眠気で寝てしまいました。浩一郎が水車小屋に戻ってきたとき由紀子が死んでいてしかも凌辱されていたため、浩一郎は哀れに思って湖の中に彼女の遺体を沈めました。
※「湖泥」の犯行の動機
自分と同じ「大陸からの引き揚げ者」という余所者なのに、村人たちに蔑まれている自分とは違って西神家や北神家に受け入れられている御子柴家と、余所者だと下に見るこの村そのものへの復讐。つまりセンセーショナルな事件を起こして、その事件に西神と北神の跡取り息子をかかわらせて双方の印象を悪くしてイメージダウンさせるのが目的。
また被害者である御子柴由紀子は左目が義眼です。
由紀子を呼び出した手紙を書いたのは西神康雄ですがそれを書かせるようけしかけたのは志賀秋子です(そしてその手紙を盗んで中身を開いて内容を確認したのは九十郎)。秋子は浩一郎と不倫の関係ですが、表では浩一郎は由紀子と結婚することになっています。それに嫉妬し、由紀子を好きな康雄に無理やり襲ってしまって傷物にして奪えばいいと吹き込みました。
蜃気楼の情熱
「本陣殺人事件」で登場した金田一のパトロンの一人、久保銀造が登場します。場所は瀬戸内海なので磯川警部も登場。金田一がどうして和服でいるのか、という読者が思っていた素朴な疑問の答えもあります。そんな答えなのかと思いました。
作中で「ランチ」という車がでてきます。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
久保銀造 | 金田一のパトロンの一人。「本陣殺人事件」でも登場 |
志賀泰三 | 久保の友人で蜃気楼という屋敷を建てた金持ち。 |
志賀静子 | 志賀の妻で元村松医院の看護師。事件の被害者。 |
樋上四郎 | 志賀の先妻イヴォンヌを殺害した犯人。志賀の友人。 |
村松恒 | 町医者で志賀の唯一の身内。 |
村松安子 | 恒の妻。 |
村松徹 | 恒の長男。 |
村松滋 | 恒の次男。事故死。 |
村松田鶴子 | 恒の長女。手にけがをしている |
佐川春雄 | 志賀家の下男。 |
被害者の静子はほとんど出てきませんが、作中で見られる死ぬ前の行動に「なんていい女性なんだ」と思ってしまいました。許さんぞ犯人!!!!!!!
また金田一と久保さん、磯川警部のしんみりとした語らいも、この作品の特徴だと思います。金田一を昔から知る人って滅多に登場しませんからね。
※「蜃気楼の情熱」の犯人のネタバレ
志賀静子を殺したのは村松恒と村松徹だが黒幕は村松安子。滋を除いた一家全員でアリバイ工作をして静子を殺したその罪を志賀に擦り付けようとした。
もともと殺すつもりはなかったが、滋が死ぬ前に静子と付き合っていて関係を続けていたことを家族に告白したことで村松一家の志賀夫婦への殺意が完全に芽生えてしまった。
※「蜃気楼の情熱」の犯行の動機
動機は志賀泰三の財産と成功者である志賀と看護師から金持ちの妻になった静子への嫉妬と復讐。志賀は子供がなく、身内はまたいとこの村松恒一人。静子は志賀の子供をはらんでいたため、子供が生まれる前に静子を殺してその罪を志賀本人にかぶせてしまえば、彼の財産が全て村松家に転がり込んでくる。
何の罪もない静子を殺すことに恒は当初躊躇したが大金に目がくらんだ安子にせかされて殺人を決行。財産だけではなく孤児で看護師の静子が一夜にして金持ちの細君になったことへの嫉妬もかかわってきている。
蝙蝠と蛞蝓
珍しく第三者(湯浅順平)からの視点から始まるストーリーです。金田一の私生活や他人から見た金田一の印象が垣間見える作品なので好きな人も多いと聞きます。無茶苦茶ぼろくそに言われてる金田一さんだけど、警察関係以外から見ればそうだよなあと思ってしまった。
今度「シリーズ横溝正史短編集3」で実写化するのでどうなるのか楽しみです。
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵。今作では「蝙蝠男」と呼ばれる |
湯浅順平 | 金田一の部屋の隣人で主人公。今作は彼の視点で始まる |
加代 | アパートの住人。剣突の姪。 |
山名紅吉 | アパートの住人。美少年で有名。 |
お繁 | 通称「蛞蝓女」アパートの裏の屋敷に住む女性。事件の被害者。 |
剣突剣十郎 | アパートの大家。 |
一番最後のページに書かれているこの文章がとても好きです。手のひらクルーが早すぎだろと思ってしまいますが、主人公である湯浅は小心者らしいので。
正直のところ、おれはちかごろ蝙蝠が大好きだ。夏の夕方など、ひらひら飛んでいるのは、なかなか風情のあるものである。
人面瘡 P264より
それに第一、蝙蝠は益鳥である。
※「蝙蝠と蛞蝓」の犯人のネタバレ
お繁を殺害したのは加代と山名紅吉です。加代は湯浅が手慰みの妄想で書いていた「蝙蝠と蛞蝓」の小説を読み、お繁を殺害して湯浅に罪をかぶせようとしました。
たぶん本当は繁子だと思うのですが、お繫呼びなのでお繁にしています
※「蝙蝠と蛞蝓」の犯行の動機
金銭目当てです。お繫は軍門財閥の男の妾でありその時に貰った高価な着物を質にいれてお金を手に入れる生活をしていました。お繁の金に予てより目をつけていた加代が紅吉を抱き込んで殺害しました。
また加代は叔父である剣突の殺害も考えており、砒素を少しずつ飲ませて弱らせて病死させるつもりでした。しかし自身の吐しゃを怪しんだ剣突が金田一に依頼して、加代が犯人であることを突き止めました。
人面瘡
「わたしは、妹を二度殺しました」。金田一耕助が夜半、遭遇した夢遊病女性が奇怪な遺書を残して自殺を企てた。妹の呪いによって、彼女の脇の下にはおぞましい人面瘡が現れたというのだ……
人面瘡 裏表紙より
表題作です。ある意味「首(※獄門岩の首)」に近い導入だと思いますが、かなり後味すっきりというかハッピーエンドに近い終わり方をします。よかったというべきかなんというべきか。舞台となる「薬師の湯」に来る前に磯川警部が受け持っていた事件を金田一が解決した、と語られます。トリックが盲点というか、こんなやり方あるのかとびっくりしました。
なお下記でも紹介していますが、「人面瘡」は古谷一行さん主演の金田一シリーズにて2003年に実写化されています。しかしアレンジが大量に加えられています(被害者が増える、新キャラが増えるなど)
登場人物 | 作中での立ち位置 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
貞二 | 薬師の湯の一人息子 |
福田松代 | 薬師の湯の女中。夢遊病者で自殺未遂をした |
福田由紀子 | 松代の妹で薬師の湯の女中。事件の被害者。 |
田代啓吉 | 由紀子の元カレで頬にやけどがある男 |
葉山譲治 | 松代の婚約者。空襲で死んでいる |
お柳 | 薬師の湯の女将で貞二の母親 |
事件の被害者である「福田由紀子」もなかなかのビッ……というか、多感な女性でした。本当の意味での「シスターコンプレックス」を患っており、姉の松代のものを奪わないと気が済まないという嫉妬と羨望を持っています。その嫉妬が爆発してこの事件以前に、ある男性と心中未遂を起こすのですが、その部分は実際に読んでみてほしいです。
※「人面瘡」の犯人のネタバレ
由紀子を殺害したのはお柳さまです。
人間を溺死させるなら洗面桶の水の量だけでも十分です。眼病を患っている由紀子に薬師の湯の湯を汲んで目を洗っているところに、上から体重をかけて全力で顔を押さえつければ溺死させられます。個人的にこの殺害方法は盲点であり凄いと思いました。実際好奇心でちょっと試したら死にかけた
※「人面瘡」の犯行の動機
由紀子がいると貞二と松代がいつまでたっても結婚できず、二人が一生彼女に振り回されるのを予見したため。自分が死ぬ前に、と殺害を決めた。由紀子は貞二と強引に関係を結び、貞二はその負い目で強く出れなくなり、松代は由紀子に言いようのない罪悪感を持っていた。
唯一の悩みは松代が婚約者を殺人したという疑惑だったが田代の告白によって松代は何の罪もないことが判明したので、ショックで倒れました。
あと表題の「人面瘡」はマジで無関係というかかかわりが薄いと思う。人面瘡の意味あった?と思ってしまう。
金田一耕助短編集のまとめ
5作品掲載ということですが、ひとつひとつが短くどれも面白い作品です。金田一の私生活が少し垣間見える作品や、エログロの極みや、本格ミステリーなど、多種多様な作風が描かれています。人によっては「探偵小説としては失敗」と思う作品もあると思いますが、個人的には金田一の人となりを知る上では重要な作品ばかりだと思います。
とくに「蝙蝠と蛞蝓」は今度NHKで「シリーズ横溝正史短編集」で実写化するのでどういうストーリー展開や演出になるのか、今からすごくすごく楽しみです。このシリーズは原作に忠実なので好きなシリーズです。もっとやってくれ。
短編集のネタバレはこちら
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